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【レポート#3】能力の壁を突破するもの

一生懸命頑張って定年をむかえたら将来報われると信じている人は多いのですが、現実問題として苦行をしているのにいつまでたっても何も得られない人は多いのです。

なぜなのでしょうか?

苦しんだ分だけ対価を得る

わたしが高校生の時、現在は裁判官をやっている友人がこんなことをいっていました。「いまどれだけ勉強がつらくてもいいから、社会人になったら苦労したくない」と。彼は頑張って勉強して大学在学中に弁護士資格をとり、大手弁護士事務所の内定までゲットしながらも、最終的には裁判官の道を選びました。

そして裁判官になった今、彼はおそらく学生時代よりも勉強して働いていますが、それでもマシなほうでしょう。頑張って弁護士資格を取得したのに、激しい競争にさらされて、思うような年収を得られない法曹関係者も多いからです。

そう。「苦しんだ分だけ対価を得る」という発想では、うまくいくとは限らないのです。それにもかかわらず、多くの人が同じような罠にハマっています。

「頑張っていたら起業できる」と信じる起業家の卵、「頑張っていれば顧客は自分の商品を買ってくれる」と信じる事業主、「頑張ってブログ・YouTube・SNSを更新したらPVが上がってハッピーになれる」と信じる副業挑戦者、「資格をゲットしたらお金に困らない」と信じる人たち、「節約して貯金したら老後の生活に困ることはない」と信じる人たち・・・・・

しかし現実には、ほとんどの人が途中で諦めます。なぜならばそれを実践することがそもそもツマラナイからであり、本当はやりたくないことであり、だからどうしても途中で挫折したり、中途半端なレベルのまま高みにいくことを放棄してしまうからです。

どうすれば「苦しんだ分だけ対価を得る」と信じては裏切られるという、負のスパイラルから抜け出すことができるのでしょうか?

思考は現実化する

「思考は現実化する」という世界中でロングセラーになっている有名な自己啓発本には、こんなエピソードが紹介されています。

コロラドで絶対に金鉱を掘り当てる、と決めたダービーは苦労の末、ついに金脈を掘り当てます。

そして故郷のメリーランドへ戻り、親戚や家族を説得してお金を借りて、金脈発掘のための機材に多額の投資をしてコロラドへ戻ります。

その後、ようやく最初のトラックをいっぱいにして製錬所へ送り、あと2~3台送れば利益が出始めるという頃、、、突然、掘っても掘っても金が出なくなってしまったのです。

結局、ついにあきらめたダービーはすべての採掘機材を「廃品業者」に売り払うと,傷心のうちに故郷へ帰ります。

ところが、その後、ダービーから機材を買った「廃品業者」は、鉱山技師の専門家(プロ)を雇います。

鉱山技師の専門家(プロ)が調査したところ金鉱脈がダービーがあきらめたところからわずか3フィートの所にあることを突き止めます。この「廃品業者」は、そこから数十億という金鉱石を掘り当てました。

ダービーは、ゴールや目標を断念する前に「その道の誠実な専門家(プロ)に相談する」という行動をしなかったのです。

いいかえるとダービーは、誠実な専門家(プロ)に相談することをしなかったためにたった91センチ手前で、数十億円を諦めてしまっていたのです。

【出典:思考は現実化する】

このエピソードから学べることは「専門家に相談しよう」だと思いますが、本当はそうじゃないと思います。誰だって金が眠っているかもしれないと思ったら、専門家に相談するじゃないですか?

ようするに失敗した本当の理由は、「そこに金があると信じられなかった」という点にあるのです。裏を返せば「もう金がないと信じてしまった」という点にあるのです。

空手家バカ一代

人間の能力は「何を信じるか?」ということで決まります。少なくとも「苦しんだ分だけ対価(スキル)を得る」という考え方は完全に間違っています。

大山倍達(おおやま ますたつ)という空手家がいました。極真会館の創始者であり、1970年代に週刊少年マガジンに連載された劇画『空手バカ一代』の主人公や、現在でも連載が続いている漫画「バキ」に登場する愚地独歩のモデルとなった人物です。

極真会館には、ビール瓶の首にあたる部分を、手刀でスパッとはねる技があるのですが、生前、大山倍達がいろいろなところで語っていたとされるエピソードが興味深いので紹介します。

大山倍達氏が20代半ばのころ、東京・新宿で飲んでいるときに、やくざの集団ともめごとが発生し、目の前のテーブルに置いてあったビール瓶をバーンと思い切り叩き、やくざ者たちを一喝したら、やくざ者たちは矛を収め、退散したそうです。

その後、ちらかったその場を掃除していたところ、大山倍達氏が叩いたビール瓶の首の部分が何かで切り落としたようにスパッととれていたそうです。そしてそれをみた大山倍達氏は、空手でビール瓶の首をはねることができるのでは?と思い立ったそうです。

興味深いのはここからです。

大山倍達氏はその後、ビール瓶割を再現しようとして修業したのですが、ビールのガラス瓶は思うように割れてはくれません。

そこで弟子たちにデモンストレーションをするさいには、あらかじめビール瓶にキズをつけ、あたかも手刀の一撃でスパッとわれたように見せていたのだといいます。もちろんスパッとガラス瓶を割るなんてことは、たとえそこにキズをつけていたとしても、誰にもできることではありません。

しかし弟子はそんな裏話は何も知りませんから、弟子は「極真を極めれば、ビール瓶を手刀ではねることができる」と固く信じました。そして弟子たちは、本当に手刀の一撃によって、何の細工も加えていないビール瓶の首をスパッと落とせるようになってしまったのです。

数学は気合い

「空手の話はよくわからない」という人も多いと思うので、日本人の多くが苦手意識をもっている数学の話をしましょう。

ノーベル賞受賞級の実績を残したといわれる小室直樹(こむろなおき)という学者が、どうしたら数学がわかるようになりますか?という質問に対して、シンプルに「気合です」と回答しているのですが、その根拠がとても説得力があるので紹介します。小室直樹先生曰く、、、、

江戸時代において割り算は高等数学でした。割り算のできるような女のことは生意気で嫁の貰い手がないといわれていました。

明治時代になると割り算は誰でもできるものになりました。高等数学といえば、三角関数(sin:サイン、cos:コサイン、tan:タンジェント)でした。「理科の頭を叩いてみれば、サイン、コサインの音がする、文科の頭を叩いてみればデカルト、カントの音がする」といわれていました。三角関数はデカルトとカントと同じぐらい難しいと思われていたのです。

昭和初期になると三角関数は中学生でもわかるようになり、高等数学と言えば、微分積分でした。「微(かす)かにわかって、分かった積りになる学問」などといわれていましたが、戦後になると微分積分は高校生でもわかるものとなりました。

そして現代では、、、わたしの近所にはプログラミングスクールがあるのですが、長期休暇になると「LIFE IS TECH」と書かれたTシャツをきた小学生がプログラミングの学習をするために教室に通っています。そう。十数年ほど前まではプログラミングといえば一部の理系大学生が学ぶものでしたが、最近では小学生でもプログラミングできる時代になっているのです。

能力を決めるのは「確信」

空手や数学の話をしたのは、能力を決めるのは「確信」ということを伝えたかったからです。もちろんどれだけ強い確信があったとしても自然法則・社会法則を無視したことは達成できません。

しかし法則の範囲内であれば、あなたの能力は伸ばしていけるのであり、その上限はおそらくあなたが現時点で「自分の能力はこんなもの」と判断している基準よりは、もっとずっとと高いのです。

基準を高くする方法はいくつかあります。

大山倍達に憧れた弟子のように「カリスマ」とお近づきになり直接学ぶという方法が一番のおススメです。

次善策としてはプログラミングスクールに通う小学生のように「それができて当然」という基準をもっているコミュニティーに所属するという手段もあります。

さらに基準を上げることを目的とした「コーチング」を受けるという手段もあるし、事実として結果を出しているスポーツ選手は一流のコーチを奪い合っています。

いずれの方法を採用するにせよ、あなたの確信が強まり、あなたの能力が開発され、「自分の思い通りの人生を追求し、実現すること」(本当の勝ち組)につながるなら手段にこだわる必要はないと思います。

あなたは確信を強めるために何をしますか?

どの選択肢が最良の手段であるかは、現時点のあなたの状況に依存します。お金があるならお金を使いましょう。コネがあるならコネをつかいましょう。時間があるなら時間をつかって勉強しましょう。

今あなたが苦しんでいて、苦しんだ結果として「自分の思い通りの人生を追求し、実現できる」という確信がもてないのであれば、軌道修正することをおススメします。