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異次元緩和とはなんだったのか?

異次元緩和とはなんだったのか?という基本的な内容から、異次元緩和の功罪についてわかりやすく解説します。

大胆な金融政策

2012年末にスタートした第二次安倍内閣は、低迷する日本経済を再生させるために『三本の矢』を打ち出しました。

三本の矢
  1. 量的緩和(金融政策)
  2. 財政出動(財政政策)
  3. 産業構造の転換

量的緩和は2013年4月に発表されたわけですが、黒田日銀総裁が主導した「量的・質的金融緩和」は、従来の日本銀行がとってきた政策からは考えられないほど大胆な金融緩和政策だったため、「異次元緩和」とも呼ばれてきました。

日本銀行の経済年表(2012-2020)
2012年 12月 第二次安倍内閣発足、金融緩和の強化を決定
2013年   1月 政府・日銀2%のインフレターゲットを共同声明
            2月 アベノミクスを発表
            3月 黒田日銀総裁就任
            4月 異次元緩和(黒田バズーカ)を決定
            6月 日本再興戦略を決定
2014年   4月 消費税8%
           10月 「量的・質的金融緩和」拡大
           11月 消費増税を1年半見送り
2016年   1月 マイナス金利の導入
            6月 ニッポン一億総活躍プランを閣議決定、消費増税の再延期
            9月 超短期金利操作付き緩和、イールドカーブ・コントロール導入
2017年   2月 プレミアムフライデー開始
            9月 衆議院を解散
2018年   3月 TPPに署名
2019年    10月 消費増税10%に引き上げ
2020年      8月 安倍首相、辞任

どのような点が「異次元」だったのでしょうか?

量的緩和 + 質的緩和

この政策のポイントは、量的緩和に質的緩和を加えた点にあります。量的緩和とは「世に出回る資金量を増やすこと」であり、質的緩和とは「リスク資産(長期国債やETF:指数連動型上場投資信託)の買い入れを積極的に行うこと」なのですが、それらを同時にやったのです。

ちなみに量的・質的金融緩和は、英語では「quantitative-aualitatilve easing」といい(その頭文字をとって「QQE」)、世界的にはこのような金融政策を「非伝統的金融政策」といいます。

さきほど質的緩和について触れましたが、実はリスク資産を購入することに積極的な中央銀行は世界広しといえども日銀だけです。世界各国の中央銀行が実施している金融政策といえば、市中金利を調節することで間接的に長期金利にも影響を与えて経済を上向かせようとする政策であり、このような政策を「伝統的金融政策」といいます。

伝統的金融政策に対して、黒田日銀総裁がやったことは「非伝統的金融政策」であり、具体的には主に国債などの債権を市場から買い入れるなどして、長期金利をも直接的に下げるよう働きかけることで、景気を上向かせようとする政策なのです。

ではなぜ?日本の中央銀行だけが世界的にも例外的に、量的緩和に加えて質的緩和も加えるという「異次元」の金融政策の実施に踏み切ったのでしょうか?

その疑問に答えるために、バブル崩壊までさかのぼることにしましょう。

デフレ脱却に向けて

日本は1980年代にバブル景気を経験しました。その後日本経済は、経済成長率が1%を割り込むことが多くなり、物価上昇率は下がり続け、有効求人倍率も1.0%以下という年が続きました。日本はいわゆる「失われた20年」に突入するのです。

参考)バブル景気とは?

バブル景気とは、1986年頃から1991年のバブル崩壊までに起きた資産価格の上昇と好景気のこと。

当時は日本国中の不動産価格が高騰し、「東京の山手線の内側にある土地の売却代金だけで、アメリカ全土が買える」などという話が、まことしやかに伝えられました。「戦争には負けたが、経済では負けてなるものか」という日本人の自意識が表出したようなエピソードです。

不動産価格だけでなく株価も上昇を続け、1989年12月29日のピーク時には日経平均株価は史上最高値の38,957円44銭を記録しました。金融関係者のなかには、1990年には4万円を突破するどころか5万円代にも届くのではないかと信じる人もいましたが、その後、バブルは崩壊します。

全国的に地価が下落し、企業の業績悪化とともに金融機関の破綻が相次ぎ、「失われた20年」とされる景気後退に日本中が突入することになるのでした。

もちろんこの間、日本銀行はただ指を加えていたわけではありません。1999年2月にはゼロ金利政策を採用し、2001年には量的緩和を実施し、リーマン・ショック後の2010年10月には包括的金融緩和(日銀が市場から国債、ETF、REIT:不動産投資信託などのリスク資産買い入れ)を導入するなどしています。

日本銀行の経済年表(2012-2020)
1999年   2月 ゼロ金利政策の採用(無担保コールレート翌日物」を0%近くに誘導)
2000年   8月 ゼロ金利政策の解除
2001年   3月 量的緩和の実施
2008年   9月 リーマン・ブラザーズ経営破綻
2010年  10月 包括的金融緩和の導入(日銀が市場から国債、ETF、REIT:不動産投資信託などのリスク資産買い入れ)
2012年 12月 第二次安倍内閣発足、金融緩和の強化を決定
2013年   1月 政府・日銀2%のインフレターゲットを共同声明
               3月 白川方明、総裁辞任
               3月 黒田東彦、総裁就任

しかし以上のような金融政策にも関わらず日本はデフレから脱却できませんでした。むしろ2008年に発生したリーマン・ショックによりFRB(連邦準備制度理事会)が大規模な金融緩和政策を発表したことで、ドルに比べて日本円は希少になってしまい過度な円高が進行しました。(円ドル相場は、2007年の124円から2011年の75円の史上最高値まで約4年間で50円近くも急騰!!)

日本銀行に対する批判がかつてないほど高まりましたが、2012年当時野党だった自民党が選挙公約として「2%の物価上昇目標」を掲げます。そして自民党が政権に復帰した場合には、大胆な金融緩和を実施することまで明言しました。

そして実際に自民党が政権を奪取すると、日銀総裁だった白川方明(しらかわまさあき)氏は2013年4月の任期を待たずに辞任し、「日本銀行が本気になれば2年で2%のインフレが実現できる」が持論の黒田東彦(くろだはるひこ)が日銀総裁に就任するのでした。

異次元金融緩和の狙い

さて、日本のデフレの原因は「商品・サービスの供給力に対して需要が不足しているから」といわれています。つまりデフレを脱却するためには、「消費」と「投資」が増加しなければいけないわけですが、異次元緩和とデフレ脱却にどのような関係があるのでしょうか?

そのことを説明するために、白川総裁と黒田総裁の違いは、リスクに対する向き合い方です。(以下、執筆中)

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